丸山真男の文章
■今日の文章
自由は置き物のようにそこにあるのではなく、現実の行使によってだけ
守られる、いいかえれば日々自由になろうとすることによって、
はじめて自由でありうるということなのです。
その意味では近代社会の自由とか権利とかいうものは、どうやら生活の
惰性を好む者、毎日の生活さえ何とか安全に過せたら、物事の判断など
はひとにあずけてもいいと思っている人、あるいはアームチェアから
立ち上がるよりもそれに深々とよりかかっていたい気性の持主などに
とっては、はなはだもって荷厄介なシロモノだといえましょう。
■読後ノオト(これは解説ではありません)
少々皮肉屋の思想家の文章ですが、ココに書かれたあるべき自由について
は共感するところ大です。
日々自由になろうとする努力について、怠惰でありたいくないものです。
かつてポール・ヴァレリーが、【人間は神になろうと努力しなければ、
終には、人間にさえなることができない】という意味のことを書いて
いたことを記憶しています。
それをある方にお話したら、とても奇異な眼で見返され、「しまった」と
思ったことがあります。
自由という言葉をお互いに理解しあうことさえ難しいのが、人間社会
なのかもしれません。もちろんすべてではないにしても。
引用した文章は、丸山真男氏の手によるものです。


