「いき」の構造より 九鬼周造の文章
■今日の文章
運命によって「諦め」を得た「媚態」が「意気地」の自由に生きるのが
「いき」である。
人間の運命に対して曇らざる眼をもち、魂の自由に向って悩ましい憧憬を
懐く民族ならずしては、媚態をして「いき」の様態をとらしむることは
できない。
■読後ノオト(これは解説ではありません)
「いき」とは「粋」のことです。「粋だねー」のあの「粋」です。
日本の江戸時代の遊郭でめばえた美意識が「粋」と言われます。
この「粋」を西洋哲学、とりわけ現象学的手法によって把握しようと
試みた論文が、九鬼周造の「いき」の構造です。
事実上「善の研究」という論文しかなかったわが国の哲学に、新たな
地平を開いたものとして特筆すべき著書であることに異論はないでしょう。
下世話な話題ですが、彼が若きサルトルからフランス語を学び、サルトル
が彼から、現象学等について何らかの示唆を得た、というエピソードも
あることを今回、知りました。面白いですね。


