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我を知るは、それ天か

■今日の文章


孔子は「下学して上達す、我を知るは、それ天か」と言ったが、徂徠は、
これを、次のように解した。


自分は、身近なものから学問を始めたが、やがて高度な複雑な研究に進んだ。
この学問上の意識的な努力の極まるところ、学者の「任」という考えに到達
した。

だが、この考えは何処からともなく自分に現れたのであって、自分の意志や
理性の産物ではない。


天が「道を伝うるの任」を命じたとしか考えられなかった。
「我を知る者は、それ天か」とは、偽りのない経験である。


なぜ、こんな正直な告白に対して、人は正直になれないのであるか。
これは、孔子の直接な心的経験の事実そのままの記述であって、
ある解釈で置き換えることができるというようなものではない。


孔子は、天に知られたと言ったので、天を知ったという言葉をどこにも
洩らしてはいないことに注意せよ、と徂徠は言った。


■読後ノオト
(これは解説ではありません)


徂徠のこの考え方は、仁斎とも、もちろん他の儒者とも異なる彼独特
の考えだったという。


率直な心的経験の事実というものほど、この世の中で誤解されるもの
はない、と私は思うけれども、徂徠の潔さを明快に記すこの文章は
立派なものであると思う。


作者には触れずにおきましょう。誰が書いたかを気にする必要はない
でしょう。

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