保田與重郎 文芸評論家は文芸評論家を
■ページ1■今日の文章
日本の橋は材料を以って築かれたものではなく、組み立て
れらたのであった。
原始の岩橋さえ、きのうまでここを飛び越えていった美しい
若い女の思い出のために、文字の上に残されたのである。
その石には玉藻もつこう、その玉藻は枯れ絶えても又、芽を
ふくものだのに、と歌われた。
日本の文化は、回想の心理のもの淡い思い出の陰影の中に、
その無限のひろがりを積み重ねて作られた。
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■ページ2■解説
とてもユニークな着眼、着想による「日本の橋」という作品を
含む文芸評論で、この人は世間の注目を浴びた。
若干27歳にして、同じく文下評論家の中村光夫とともに文壇
に登場した。
こ文章を書いたのは保田與重郎という人です。好きな人は堪らなく
好きな人がいる反面、知らない人は全く関心なし。
まー本来、文芸評論とは、そうしたものかもしれませんね。
いずれ書こうと思っていますが、詩人は詩人になりたいと思い、
小説家は小説家になりたい。果てして文芸評論家は文芸評論家を
なりたいのだろうか?
なかなか難しい問題です。(笑)


