バージニアウルフ 意識の流れを表現する小説
■ページ1■今日の文章
人々の眼、闊歩、足踏み、とぼとぼ歩き、怒号と喧騒、馬車、
自動車、バス、荷車、足をひきずり体をゆすぶって歩く
サンドウィッチ・マン、ブラズ・バンド、手風琴、頭上を飛ぶ
飛行機の凱歌とも鐶の音とも奇妙な高調子の歌声とも聞える爆音、
こういうものをわたしは愛するのよ。人生を、ロンドンを、
六月のこの瞬間を。
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■ページ2■解説
文学作品の中には、それが面白いかどうかではなく、読む
ことにおいて、意義ある存在というものがある、と思う。
例えば、その代表作を上げるとすれば、マルセル・プルースト
の「失われた時を求めて」。
正直、4回アタックしたけれど、全体をイッキに読み通すと
いうことは遂に出来ていない。
比較の是非はともかく、山岡荘八の徳川家康ならスンナリ読める
のに、プルーストは1文の長さは半端ではなく、とても読めない。
イギリス文学でいうならジェームス・ジョイスの「ユリシーズ」。
皆さんは『意識の流れ』という言葉をご存知でしょうか?
カンタンに説明すると、人間の精神の中に絶え間なく移ろっていく
思考や、感覚のこと。
文学表現の方法として、そういった主観的な思考や感覚を、特に
注釈を付けることなく記述していくこととされています。
ジョイスの作品はまさにそうであり、この文章を書いたバージニア
ウルフも、その手法を重視した作家でした。
読んで分かる通り、だからなんだ、というところが新しいのですね、
たぶん。
読み直しても、あまり好きにはなれません、個人的には。


