夢窓疎石 今も昔も人の心は変らないもの?
■ページ1■今日の文章
仏法を行ずとも若し悟を開くことなくば、其の工夫いたづら
なるべしと疑ふて、いまだ行じても見ずして、かねて退屈
する人は愚の中の愚なり。
若しさようの疑を起さばただ仏法のみにあらず。
世間の凡夫のしわざ何事かかねて治定せるや。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ページ2■解説
読みがなの補足。若し(もし)。悟(さとり)。其の(その)
凡夫(ぼんぷ)。治定(じじょう)・・・はっきりと定まる。
やる前からグダグダ言って、結局何もしない人は、室町時代にも
大勢いたことが分かりますね。
この文章を書いたのは夢窓疎石です。
古典は大の苦手でしたが、当時から読むだけでスンナリ理解できる
文章の存在が気になっていました。
古文の延長線上に現代文があります。つまり、古くても読んで分かる
文章はそれだけで名文であるということです。
これは今思うと、名文を見極める大きな基準となりますね。
専門家ではないので、正確なことは分かりませんが、名文のポイント
は、たぶん、テンポにあると思います。
五七五、とか、七五調とか、独特のリズムがあり、それにのって
いるものですね、おそらく。


