蓮如上人 朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる
朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる
■今日の文章
一生すぎやすし。
いまにいたりて、たれか百年の形体をたもつべきや。
我やさき、人やさき、けふともしらず、あすともしらず、
おくれさきだつ人は、もとのしづく、すゑの露よりも
しげしといへり。
されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。
すでに無常の風きたりぬれば、
すなはちふたつのまなこたちまちにとぢ、
ひとつのいきながくたえぬれば、
紅顔むなしく変じて、桃李のよそほいをうしなひぬるときは、
六親眷属あつまりて、なげきかなしめども、
更にその甲斐あるべからず。
■解説
こういう文章は、少し小さな声で耳に自分の声が聞こえるぐらい
にして、ゆっくりと読んでみて下さい。
今はこのようなメルマガを書いていますが、ほんと古文というもの
が苦手でした。
しかし、あらためて、細かいことなど気にしないで読んでみると、
解釈が大事なのではなくて、音の繋がりから素直に内容を感じる
方がはるかに大事なのではないか、と思います。
この文章は「人生のはかなさ」を書いていると気づけば十分でしょう。
この文章を書いたとされるお坊さんが生きた時代は、戦国時代。
人心が疲弊し、末法の思想ともあいまって、新しい教えが求められた
時代でした。
親鸞上人が明らかにされた本願念仏の教えを、当時では珍しい
仮名まじり文の「御文(おふみ)」を用い、民衆に教えを平易に説く
という積極的な教化活動を行ったと言われています。
本願寺を継承し、浄土真宗の中興の祖と言われる蓮如上人が、
この文章の作者です。


